長谷川豊氏による「男性の育休論」の正体

フリーアナウンサーの長谷川豊氏がブログで男性の育休について否定的な意見を述べていて反響を呼んでいるようです。


ちょっと迷ったのですが、男性の育休取得を推進する身として、また現在育休まっさかりの身として何か発信した方がよいと判断したので以下に私見を述べます。

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■目次
1.長谷川氏の主張まとめ
2.子育てに対する長谷川氏の価値観
3.1,2を踏まえた私なりの批判・考察
4.長谷川氏がなぜこのような「発信スタイル」を取るのか考察
5.最後に

1.長谷川氏の主張まとめ

最初の投稿それに対する反論への回答、二つの記事から長谷川氏の主張をまとめます。

・男性にとって長期スパンで「子育て」を考えた時に、最初の一年間は比較的「楽」な期間である
・体力的には楽とは言えず寝不足になるが仕事との両立は可能なレベルである
・自らを含め育児に積極的にコミットしてきた男性であれば、上記の二つは実感として分かるはずである
・そもそも育児に積極的にコミットしようとする男性は育休制度の有無にこだわらない
→よって男性の育休取得を推進する人は育児に積極的にコミットしてこなかったと言える

2.子育てに対する長谷川氏の価値観

育児に参加しない男なんて、哀れで可哀想な生き物なだけです。子供以上の幸せなんて、絶対に他にはない。子供が大きくなっていく姿を超える充足感は、他では絶対に味わえないのです。ほっときゃいいじゃん。そんな連中。

きついけれど、その分それを上回る素晴らしい体験と力をもらえます。

「出産」も「子育て」も、夫婦でするものです。二人で子供を作り、二人で子供の成長を祝い、楽しむものです。だから楽しいのです。

子育てをこのように捉え表現しています。
やや極端ですが、それほどおかしな価値観ではないように思えます。
また長谷川氏がより個人的なことを綴っているアメブロを見ても、家族を大切にしている様が見て取れます。

3.1,2を踏まえた私なりの批判・考察

批判したい主なポイントは「過度な一般化」「夫目線の欠如」「楽だったら育休取ったらダメなの?」の3つです。

■過度な一般化
長谷川氏の主張の「内容」というより「手法」として、私が最も批判したいことが「過度な一般化」です。
長谷川氏の投稿を見て怒ったり不快感や違和感を持った人の多くがこの点に対して反応しているように思います。
以下に具体例をいくつか挙げます。

出産して1年なんて、一番楽な時期

「三人のお子さんを育ててきて感じた個人的感想」を一般論として語っています。

所詮「寝不足」は「寝不足程度」なのです。寝不足程度で人は死にません。仕事の順序を計算して、的確に仮眠をとり続ければ、確実に乗り越えて行けます。

「私は寝不足程度では死ななかった」「私は調整によって乗り越えることができた」という個人的経験を全ての人に適用しています。
睡眠不足は体力面のみならず精神面にも大きな影響を及ぼします。

以前の投稿において長谷川氏はこのように述べています。

もちろん、皆さんの努めている場所が圧倒的なブラック企業ならそうではないですよ?
子育てする時間も全くもらえないような企業であれば、思い切って休んだり早退しなければいけないかも知れないですしね。
でも、通常の会社なのであれば、基本的な周囲の理解はそれなりにあるはずです。多少早めに上がらせてもらったりしながら…会社から帰ってそのまま奥さんからバトンタッチしてあげるなど「工夫」のしようはある可能性があります。

「寝不足程度で人間は死なないんだから調整で乗り越えられるだろ」というスタンスは、長谷川氏が否定的論調で語る「ブラック企業」的なものではないでしょうか。

今回の一件で「男も育児休暇を取るべきで~」とか言ってる男がどれだけ底が浅くて、どれだけ『自分アピールをしたいだけか』ってことがよく分かったでしょ?私の番組でも梅沢冨美男さんが言ってましたけど、そんなアピールをわざわざしてる段階で「売名」なんですってば。目立ちたいだけなんですってば。

「宮崎元議員は底が浅いと思う」「宮崎元議員は男性の育休取得を推進していた」「つまり男性の育休取得を推進する人は底が浅い」という論理展開で個別事例を一般化しています。

このように全体を通して「過度な一般化」がなされているため、例外となる事象が見られた場合にすぐに瓦解する弱い主張になっています。

■夫目線の欠如
全体を通して「父親/子ども」の関係性で書かれていて「夫/妻」の関係性が登場しません。
これも多くの人の怒りや違和感につながっている点だと思います。

「産後うつ」「産じょく期」などで検索すると、男性には経験し得ない生々しい体験談がたくさん目に入ってきます。
家族である妻が命がけで出産し、大きな心身の変化を迎えている時に夫として少しでも役に立ちたい、支えたいと思うことは割りと自然なことではないでしょうか。

核家族化も進んでいますし、実家のサポートが受けられない、受けにくい夫婦もいる中、出産と産後における夫の役割は非常に重要であることは想像に難くありません。

「産後クライシス」と言われるような夫婦の関係性の危機を防止し、より良い関係を構築していく上でも、産後の男性の育休は重要だと私は思います。

このように「男性の育休」を語る上で不可欠な論点の一つ「夫目線」が語られていません。

■楽だったら育休取ったらダメなの?
仮に長谷川氏の言う「0歳児の育児は楽」が仮にある程度一般化されることだとしましょう。
私自身第一子0歳男児を育てている最中で、この後どんな「楽ではない」ことが待っているのか想像はできても未体験ゾーンです。
例えば息子が5歳くらいになった時に、私が「長谷川さんの言うとおり0歳児の子育てちょー楽だったわー」と思う可能性は否定できません。

しかし仮に0歳時の育児が楽だったとして、それが育休とっちゃいけない理由になりますかね。

先に述べた「夫目線」ということもありますが、それを置いても「産まれたばかりの我が子をがっつり慈しみたい」という理由でも育休取ったらいいんですよ。

今の日本には残念ながらそれを阻む障害がたくさんあります。
そして一つ一つの壁がとても高いです。
私はそられの障害を取り除いていった先に「育休取りたい男性が取れる」社会を創っていきたいのです。

楽かどうかに関わらず、育休取りたかったら取りましょう。
周囲もそれを応援しサポートできるようにしましょう。

その他にも指摘したいことはあるのですが、キリがないので以上3点にとどめます。

ちなみに、個人的な話ですが私の0歳児育児は「楽ではない」です(笑)

長谷川氏が特に楽な時期として持ち出している3ヶ月くらいまでが一番大変でした。

寝不足ということもあるのですが、それ以上に精神的にきつかったです。

命の重みがドスンとくるので、プレッシャーなんですよね。

「呼吸してる?」とか気になりだすと全然休まらない。

ミルクもせっかく時間をかけて飲ませたのにゲップと共に吐くし、服は汚れるし、着替えなきゃだし、着替えてる最中にウンコするし、オムツ替えてる間にオシッコ追加するし、何か泣いてるし、とかやってると次の授乳の時間になっちゃってたり。

そんな大変な状況を分かち合う妻が「ガルガル期」だったりするし。

3ヶ月過ぎたくらいからだいぶペースがつかめてきたり落ち着いてきたりしたかもしれないです。

それでも妻が風邪引いて何日かワンオペだった時はホントしんどかったです。

「これ全部妻に丸投げして平気な男とかホントにいるの?」と思いました。

4.長谷川氏がなぜこのような「発信スタイル」を取るのか

長谷川氏の公式ブログ「本気論 本音論」における発信スタイルは、今回に限らず「断定的」「上から目線」であることが多々あるようです。
しかしもう一つのブログ「長谷川豊アナの夢の日を越えていこう!」では別人のようにほのぼのとしたスタイルを取っています。
(ちなみにこちらは「オフィシャルブログ」とのこと)

これは特におかしなことではなく、作家の平野啓一郎氏の提唱する「分人」という考え方で理解できます。
(分人:ざっくり言うとそれぞれのコミュニティに対して見せるキャラクターのこと)

ただ、同じ公式ブログ内で、かつ同じ男性の育休に関する話について昨年末、長谷川氏はこのような投稿もしています。

「育児休暇を取ること」=「いいこと」 というのは少々「思考停止」ではないか?

語調がやや強いところはありますが、バランス感覚のある主張に思えます。
さらにこの投稿には驚くべき一文があります。

専業主婦だろうが、キャリアウーマンだろうが、それらを「自由に選べることが正しい」のです。

育児休業も同じです。

あれっ?
「自由に選べることが正しい」という立場の人だったの?
「男性育休不要論」を強く主張している投稿とはっきりと矛盾しています。

では長谷川氏は「たかだか何ヶ月か前の主張をすっかり忘れて逆の主張をする人」なのでしょうか。

私は違うと思っています。
「矛盾があろうがあのスタイルで発信する」ことには「言いたいことを言うだけ」ではない目的があると思うのです。

長谷川氏は大学でメディア・リテラシーを専攻し、メディアの中で長年働き、本まで書いている人です。
ブログにおいてもメディア・リテラシーに関する投稿がありますし、長谷川氏の強い思いが感じられます。

メディアリテラシーを僕が説く訳

さらに長谷川氏は「戦略的」な人でもあります。
一悶着あってフジテレビを退社していますが、その後とった一連の行動の戦略たるや見事でした。
当時読んで「うわーそうきたかー!だからlivedoorブログだったのかー!」などと興奮したのを記憶しています。
見応えあるのでもし暇だったら短編小説読むくらいの気持ちで読んでみるといいかもしれません。

長谷川豊 【公式ブログ】 長谷川豊のAMERICAN JOURNEY FINAL

「メディア・リテラシーに明るい戦略家」である長谷川氏には「発信の結果どのようなことが起きるかとその効果」が想定されていると思いますし、それは長谷川氏の目的を達するものなのだと推察されます。

ではその目的は何か。
私は「男性の育児参加を推進すること」ではないかと推察します。

長谷川氏にとって「男性の育休が必要かどうか」も「楽かどうか」も「制度として必要か」もどうでもよくて、今話題になっている件をうまく使ってその目的を達成しようとしているのではないか。

実際に長谷川氏の発信以降「過度な一般化」と「夫目線の欠如」に関する強い反応が多く返ってきています。
具体的に、かつ切実に、たくさんの人が声を挙げていて、それが多くの人の目に入るようになったと思います。

長谷川氏の主張を見て「0歳時の育児は楽だから男性の育休なんて不要なんだ」と思う人ってどのくらいいるんですかね。
「いやいやこんな風に0歳児育児は大変だったよ」「奥さんのことサポートする目線で考えたら必要でしょ」などの声の方が説得力ありませんか。

「男性育休不要論」も「0歳児育児は楽」も「上から目線の断定」も、多くの声を引き出して男性の育児参加を促すためのエサなのではないか。

全部仮説ですけど、私はそんな風に考えてます。
長谷川さん、もしこれをご覧になってその通りだったら、僕にだけ「合ってます」って教えてください。
ナイショにしておきますので。

5.最後に

長々と書いてまいりました。

私としては、長谷川氏の主張に対する批判の中でまだ目にしていなかった「0歳児育児が楽だとしても育休取ろう」という観点が出せたことが収穫でした。

長谷川氏のスタンスに対する仮説は、好意的に過ぎるかもしれません。
何でそうなったかというと、長谷川夫妻の結婚記念日がうちと一緒で2月5日なんですよ。

恒例の家族写真|長谷川豊オフィシャルブログ「長谷川豊アナの夢の日を越えていこう!」Powered by Ameba

だからきっと悪い人じゃないと思います(笑)

とは言え、もし仮に長谷川氏の目的が「男性の育児参加推進」だったり「実は良い人」だったとしても、彼の手法を私は支持しません。
品無く、口汚く、人を傷つけることを厭わない、非建設的なスタイルだと思いますし強い嫌悪感を覚えます。
同じスタイルでの反論も散見されますが、それも同様に支持しません。

先日twitterで育児・教育ジャーナリストのおおたとしまささんと会話したのですが、こんなことをおっしゃってました。

むかーし読んだ記憶がうっすらあるだけだったので、あらためて本を買って読んでみたのですが、ぐっときました。

というわけで、今後とも悩みながらも皆さんが(特に男性が)、男性の育休や育児参加を理解し、寛容になれるような発信を、私なりのスタンスで続けていきますので是非今後ともよろしくお願いします。

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