2019年11月11日付の日経新聞で以下のような記事が配信されました。
財務省によると、年収600万~1千万円未満の人のうち、39%が児童手当を「大人の小遣いに充てる」や「使わずに残っている」と答えた。年収1千万円以上だと、この割合は49%に上昇するという。年収300万円未満だと割合は13%になり、世帯の所得が高いほど子育てに使われていない実態が浮かび上がった。
要は「金持ちほど児童手当を子どものために使ってない!支給は停止が妥当じゃ!」ということらしいです。
色々と違和感があったので疑問点について調べてみました。
目次
日経新聞の報道から感じる疑問点
「金持ちほど児童手当を大人の小遣いとしている」はホント?
記事を読むとそういった印象を持つのですが結論は「ウソ」です。
正確に言うと「財務省が根拠としてるデータが誤っているので主張の根拠は破綻している」です。
最も重要な疑問点だったこちらについては、おたまさんを起点としたTwitter民の叡智が結論を導き出してくださっています。
簡単に言うと財務省は「年収1000万超の世帯では支給された児童手当の32%を『大人の小遣いに充てる』と回答している」と主張しているのですが、数字が間違っていて正しくは0.9%です。
大切なことなのでもう一度言います。
32%じゃなくて0.9%です。
財務省が参照している「平成24年児童手当の使途等に係る調査」(以下「厚労省調査」)に誤記があるのが原因です。
詳しくはおたまさんがまとめてくださった素晴らしい連作をご覧ください。
ちなみに「財務省が厚労省調査のここをこっちと取り違えた」と仮定しても、若干グラフの数値と合わないのも気になります。。。
そもそもみんな家計の内訳をそんなにちゃんと把握してるの?
まず私が疑問に思ったのは「児童手当の使途を聞かれて回答できるくらいきちんと家計簿付けてる世帯がどのくらあるのか」ということです。
公益財団法人家計経済研究所の調べによると、家計簿を「定期的に付けている」人の割合は約20%だそうです。
参照:2013年10月11日 「消費生活に関するパネル調査」について(第20回調査結果)
更に疑問に思ったのは「『この支出はこの入金から』をしっかり管理してる世帯がどのくらいあるのか」ということです。
会社であれば入金消込とか管理会計とかあるわけですが、一般家庭の家計管理でそれをやってないと児童手当の使途って回答できないですよね、と頭でっかちな私は思うわけです。
そう思って見てみるとそもそも「家計を管理できてません」という人は事前調査で対象外とされていました。
具体的には「家計の状況(日常的な支出額など)について把握または把握者に聞ける」という設問に「YES」と回答した人のみが本調査に進めるような設計になっています。
これによって事前調査時点で68,717だったn数が9,973まで絞られています。
ということで「児童手当の使途を回答できる」と自己申告した人たちによるアンケート結果のようです。
「モニター調査に協力すると手間のかかるものほどポイントもらえるから、ちゃんと把握できてなくても『できてます』言うとんのやろ!そうなんやろ!何ポイントもろたんや!」と思ってしまうのは、私がズボラなので「えっ、そんなちゃんとした人ばっかりなの・・・」ってなると凹むからです(汗)
「使わずに残ってる」じゃなくて将来のために貯蓄してるんじゃないの?
「親が自分の小遣いにしちゃダメだと思うけど、使わずに残ってるって人は子どもの将来のために貯蓄しているんじゃないの?」という反応が多く見られました。
私も同じように感じていたのですが、アンケートの設問の中に「子どもの将来のための貯蓄・保険料」というものがありました。
回答項目にそれが存在するなら「使わずに残っている」は言葉の通りなのかな、と一瞬考えました。
しかしながら、アンケート設問の回答項目をよく読んでみると「「児童手当等」支給から回答時点までに特に使う必要がなかったので、全部又は一部が残っている(将来的に使う予定がある場合を含む)」という大変長ったらしく分かりづらい表記になっています。(厚労省調査 P.23参照)
そしてそれを選択するとグラフ上では「特に使う必要がなく、全部または一部が残っている」に分類されてしまっています。
さらにおかしいのは、本調査の前に回答者に通達されている文面では「使途の調査をするので、以下のように分類して記録しておいてね」との記載があるのですが、そこでは「使い道をまだ決めていない」と表記されています。(厚労省調査 P.10参照)
調査に先立ってなされた案内に沿ってしっかり記録していたとして「使い道をまだ決めていない」が「使う必要がなく残っている」にいつの間にか置き換わるように設計されています。
ニュアンスがだいぶ異なりますよね。
途中で「残ってるってした方が後々『残ってるなら削ろう』って言いやすいんじゃね?」と考えて回答項目の表記をいじったのではないか、と勘繰ることもできてしまいます。
回答項目に一貫性がないことで調査の有用性が大きく損なわれていると思います。
参照している調査データが古い
財務省が根拠としている(誤読した)厚労省調査は2012年に実施されたものです。
2012年がどんな年かと言うと「児童手当が現在の形に落ち着いた年」なんですね。
支給される側もまだこなれてない初年度なので、翌年度以降は使途を考え直した可能性があります。
更に言うと2014年4月に消費税が5%から8%に、そして2019年10月に10%に増税されました。
その辺りの影響がダイレクトにヒットしてくると思うので、少なくとも8%に増税した以降のデータに基づいてほしいのですが、残念ながら2012年以降に同様の調査は実施されていません。
その他細かいけどモヤモヤを感じる点
1.「子どものため以外に振り向ける人が多い」という表記になっていますが、参照しているデータは「児童手当の使途別金額の割合」なので「振り向ける比率が高い」という表記の方が適切です。
2.「世帯の所得が高いほど子育てに使われていない実態」と書いてありますが、所得ではなく収入が正しいです。
何で校閲で引っかからなかったのか疑問に思うレベルです。
適切かつ正確な言葉を使ってほしいですね。
3.回答者の世帯構成比率が「共働き43.7%、片働き55.4%」と片働き世帯(主に専業主婦世帯)が過半数を占めています。
2019年現在では、共働き世帯はおおよそ専業主婦世帯の約2倍です。
1997年に共働き世帯が専業主婦世帯の数を上回り、調査の行われた2012年当時でも1.3倍の開きがあります。
そのような状況を踏まえて、片働き世帯が過半数を超える調査が実態を正確に表しているとは言い難いので、共働き、片働きそれぞれの結果が知りたいのですが、そのような分析はなされていません。
「細かいけどモヤモヤする」と書きましたが、それぞれ重要なことのような気もしてきました(汗)
児童手当を減らしたくて仕方ない財務省
「誤った調査データを公表したのは厚労省なんだから財務省は悪くないのでは?」という意見もあると思いますが、私はそうは考えていません。
私も含めて一定数の人が「ホントかよ!」と感じるような数字なのだからちゃんと確認すべき、ということが一つ。
もう一つは財務省が「とにかく児童手当を減らしたい」という頭で物事を考えていることがミエミエだからです。
「足元の子育てのために使っていない」という分析の恣意性
財務省は厚労省調査を元に「児童手当を足元の子育てのために使っているか」という切り口でデータを分析しています。
そして「特例給付の内54%が足元の子育てのために使われていない」としています。
(出展:内閣府「子ども・子育て会議(第43回)」 資料12 財政制度等審議会建議(抜粋)
ちょっと待っていただきたい。
児童手当法にはその目的が以下のように記載されています。
第一条 この法律は、子ども・子育て支援法(平成二十四年法律第六十五号)第七条第一項に規定する子ども・子育て支援の適切な実施を図るため、父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するという基本的認識の下に、児童を養育している者に児童手当を支給することにより、家庭等における生活の安定に寄与するとともに、次代の社会を担う児童の健やかな成長に資することを目的とする。(受給者の責務)第二条 児童手当の支給を受けた者は、児童手当が前条の目的を達成するために支給されるものである趣旨にかんがみ、これをその趣旨に従つて用いなければならない。
これをどう読み解くと「足元の子育てのためにのみ使え」になるんでしょうか。
足元の子育て以外に使うことは「家庭等における生活の安定に寄与しない」ということでしょうか。
「おっ!こう数字をいじればそれっぽくなる!」という減らすことを前提とした思惑がミエミエです。
人を馬鹿にするのもいい加減にしてほしいです。
財務省は「貴重で有限な財源をどこにどの程度振り分けるか」という難解なパズルに挑んでいるので、大変なのは理解します。
同じ子育て支援文脈でも、教育の無償化、保育士待遇改善など資金が必要な領域は多岐に渡ります。
しかしそれだからこそ魂を込めて誠実な説明をしていただきたいですし、国の舵取りを担う重要な役割に対する矜持はないのかと問いたいです。
児童手当がしっかり目的に沿って子育てのために使われるようにするのであれば、子育て関連のみに利用できるバウチャー(金券)での支給にするなど、本質的に考えるべきことは数字いじりとは別にあるはずです。
求められる省庁の働き方改革
元となる統計の表記を誤って公開した厚労省も、それに疑問を持たずデータを参照したり恣意的な数字いじりをした財務省も強く批判されるべきです。
しかしながら同情すべきこともあります。
国家公務員である官僚の皆さんは超絶ブラックな労働環境に置かれています。
霞が関内部の調査では厚労省、口コミサイトオープンワークの調査では財務省の残業時間がトップという結果になっています。
最近も議員からの質問通告が遅いので深夜まで詰めていなければならない実情が話題になりました。
そして労働時間の長さの原因が「しょーもない仕事」だったりします。
最近だと小泉進次郎環境相の「セクシー」発言を受けて
直近五年間において国務大臣が「セクシー」という単語を用いて政府の政策を評価又は形容した事例は見当たらない
という閣議決定がなされましたが、これは各省庁に「過去5年間で国務大臣が『セクシー』と発言をしたかどうか調査せよ」という指令が下ったということを意味します。
くだらなすぎて机をひっくり返したくなりますね。
こういうことがあると安易に「そんなくだらない閣議決定をした与党」という批判をする人がいますが、閣議決定に至るには当然ながら理由があります。
セクシー発言に対して閣議決定がなされたのは、発言について説明を求める質問主意書が提出されたからです。
そしてそれを提出したのは立憲民主党の中谷一馬衆議院議員と熊谷裕人参議院議員です。
熊谷議員の質問主意書とそれに対する答弁書のリンクを以下に貼りますが、こんなくだらないことに時間を使わされている官僚の皆さんが気の毒でなりません。
(出展:参議院HP)
国家を担う誇り高い職務にあたるべき官僚の皆さんに何やらせとんねん、と怒りを覚えます。
どうでもいいですが質問主意書の中で「セクシー」という言葉は13回使われていました。
報道機関のあるべき姿とは
日経新聞の基本理念には「責任ある言論を通じて」や「真実の追究に徹する」といった言葉と共に以下のように宣言されています。
社会や市場経済を左右する情報に日々接し、発信する立場にあることを深く自覚し、法令の順守はもとより、常に国際的視野に立って良識と節度を持って行動する
(出展:日経新聞社HP)
報道機関のあるべき姿を表した素晴らしい理念だと心から思います。
日経新聞は理念に則り、読者に大きな誤解を招いたことの責任を取るべきだと思います。
「世帯の所得が高いほど子育てに使われていない実態が浮かび上がった」のような「解釈・見解」を記載しているので「財務省がこう言っています」という情報を伝えるだけの記事ではないわけです。
間違った情報に基づいて見解を示してしまったのですから、なぜこのようなことが発生してしまったのかしっかり社内検証をすることと並行して、後追い記事を出していただきたいです。
そして日経新聞のみならず各種報道機関は、しっかりと厚労省や財務省を批判してほしいと強く願います。
議員の質を測るチャンス
今回の件について、与野党議員から様々な意見が出ると思いますし、それを期待しています。
それを聞く前提として知っておきたいのが「特例給付を当面の間継続する」という方針は民主党政権時代に自民党公明党との三党合意に基づいて決めたことである、ということです。
特に旧民主党所属の国会議員が「議論を先送りにした当事者責任」を持って発言しているのかを注目したいと思います。
投票だけが政治参加ではないし、一人ひとりの手で未来は変えられる
今回の日経記事を元に多くの方がTwitterをはじめとして様々なところで違和感や困惑を表明してくれました。
結果としておたまさんによって内閣府に適切な情報提供がなされましたし、私もこのブログを書いたら財務省にリンクと共に意見を送ります。
政治家になることや、選挙で投票することだけが政治参加ではありません。
何なら政策に対する意見をツイートすることや、気になる記事をリツイートすることだって政治参加の一つの方法です。
おたまさんがブログで書いてらっしゃるように、今後内閣府が適切にアクションしてくれることを私も期待しています。
当然ながら世論が大きい方が政治を動かしやすいので、一人ひとりの行動で未来を変えることができます。
「政治参加」というと堅苦しくてハードルが高いように思えますが、未来をより良いものにするための一つの手法ですし、実はそんなにハードルが高いものでもありません。
私たち一般ピーポーにも力があるので、社会をより良くするためにささやかでも使っていこうではないですか。
終わりに
文中で紹介したおたまさんのブログを拝読して「あれ、私が書くことなくなっちゃった(汗)」と思ったのですが、書き始めてみたら色々と思うところが出てきて、書き上げることができました。
おたまさんを始めとして、問題意識を持った多くの方の知見と行動によって、もともと書きたかったことのその先まで書くことができました。
皆さんに敬意を表すると共に厚く御礼申し上げます。
希望をいただきありがとうございました。
願わくば私のささやかな発信も誰かの助けになりますように。